私なりに一生懸命だったけれど、それが愛だったかと聞かれると自信がない。だって私にとって愛は、母の存在そのものなのだ。それはとても力強くて、私の行動を抑制するものだったから。それに対して、私の彼への愛は、とても弱々しかった。
たとえば彼はうつ病だった。私はうつ病の本を読んだり、答えを迫らないよう気をつけたりしたけれど、きっと母なら私がうつ病になったとして、どれだけ嫌がられても病院に連れていくだろう。監禁してでも仕事に行かせないだろう。私は私が彼に接している面の範囲でしか行動しておらず、一歩踏み込んで彼自身の病に立ち向かおうとはしなかった。
彼は弱い人だった。
そして弱い自分をひとまわり年下の私に見せられる、強い人でもあった。
当時はばかみたいに「一緒に死のうと言われたら絶対にそうしよう」と決めていたけれど、そう思うことで自分を癒していたのかもしれない。私は彼の逃げ場になりたかったけれど、実際は私のほうが彼に逃げ込んでいたのかもしれない。愛を理由に、自分をないがしろにしたかっただけなのかもしれない。
矛先はさておき、一度目の失恋とは違って、自ら愛してみようと試みたのは間違いない。
きっと私は最後まで、彼の人生にとくに影響を与えることなく終わったけれど、愛してみたいと思える男と出会えてよかった。泣けるほどへたくそだったけど。
正直、未練とかじゃなくて、今の私の思考を持ったままあの恋愛にもう一度チャレンジしたいという願望がある。そういう意味では、今も未消化だ。だけど愛が未消化になる原因は分かった。正しく努力しないことだ。自分を大切にしないことだ。
私はたくさん我慢を頑張ったけど、ちゃんと傷つくべきだった。それでも好きだと示せばよかった。なにもかも待つのではなく、私ができることを考えればよかった。自分を大切にして、彼のことを大切に、幸せにできる自分を目指せばよかったのだ。
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私にとって当時の恋愛に向き合うことは難しく、楽しくなかった。自信のない自分を振り返るのはしんどくて恥ずかしかった。
数年前、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読み、はっとした。
「愛することを生まれながらにできる人なんていない」
「愛することは技術であり、知力と努力が必要だ」
この言葉に出会い、とてもすっきりしたのを覚えている。
愛が技術だとすると、はじめて失恋したときの私は、相手にばかり技術を求めるお客様状態だったのだろう。なにもかも欲しがってばかりいたことを謝りたい。
いちばんの失恋では、はじめて好きな人のために技術を手に入れたくて、だけどどうすればいいのか分からずにテンパっていたのだろう。そう考えると、彼の方がはるかに愛を使いこなしていた。私は愛を理解できず、立ち向かうこともせず、ただただささやかに失敗して終わったのだ。
それはとても恥ずかしい経験だったけれど、愛に自ら手を伸ばす大きな一歩だった。
なにもかもへたくそだった私を笑わずにいてくれた彼が、はじめての失恋相手でよかった。
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