21歳、モロッコ(鈴木ゆうりさん #2)

「ヘイ、ヘイ」

ペチペチと優しい拍手のように肩を叩かれ、顔を上げると男の子が母親の膝から身を乗り出していました。アラビア語で何か伝えようとしてくれているのですが、全く理解ができません。

「~~~」

それにつられて母親がフランス語で話しかけてくれるのですが、フランス語の教養もないため、大変申し訳ない気持ちになりました。
すると言葉を諦めた母親が、自身のリュックサックから小包を取り出してわたしに手渡します。

ラップの巻かれたサンドイッチ、チーズとハムが挟まっていました。

”食べなさい”と肉体を揺り動かして、わたしの胸の位置にサンドイッチを押し留めようとします。

目をぱちくりさせていると、今度は横から伸びてくる腕。隣に座っていた女の子が、飲むヨーグルトのパックをナップザックの上に乗せます。
腕の先に視線を辿らせると、笑顔で女の子が「アー、イングリッシュ、リトル、アー、イート、アンド、ドリンク!」と言いました。

そして胃を撫でるジェスチャーをした後に、目尻の方を指差し、泣かないで、のジェスチャーをした後に、元気だしてと力こぶを作る動作をして、ゆるりと笑います。

ラップの口をあけると、日本で食べるパンとはちょっと違う独特な匂い。

一口齧ると、自分でも気づかない内に途方もなく空腹だったのか、必死にくらいつくようにガツガツ食べていました。
それと同時に、最初のうちは何だかわからなかったけど、蛇口からぽたぽたと溢れるように涙が服の上に沁みを描いていました。

多分、わたしはずっと泣きたかったんです。
でも日本にいるとき、どうしても泣けなかった。
必死に絡まりを解こうと努力して、結局うまくいかなくて、それでも大丈夫、大丈夫なふりをして愛想笑いをして、日々を送っている間は、涙は溢れませんでした。

黙々と食べながら、ぼろぼろと泣くわたしを、3人はじっと見つめているだけでした。何も言わないで、何も聞かないで、時間に身をまかせるように、ただただわたしの姿を見守ってくれていました。それが当時のわたしにとって、切実に必要な時間だったと振り返って感じます。

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