迷える羊。(ふつうエッセイ #708)

迷ったらどうするか。

迷うことはある。
迷うことがないことなんて、ない。

じゃあ、迷ったらどうすればいい?

迷ったら進まない。
迷ったら書かない。
迷ったら、それは正解ではない。

「迷う」のことを、しばし考えてみたら、わりと後ろ向きと思しきアクションが挙げられた。でも、これはまあ真実ではあると思う。

問題は、迷わないことではないか。

例えば深夜。こんな感じでnoteやエッセイを書く。長く続けている営みだけど、翌日以降で後悔することが実はある。

そのときのことを思い出してみる。
そのとき以前の、書いている途中の自分も思い出してみる。

そう、そのとき僕は、一切迷っていないのだ。

迷うことは、自分にブレーキをかけることだ。迷っていない自分は、ブレーキがぶっ壊れているか、ブレーキをかけるという考えがぶっ飛んでいるかどちらかである。危なくて仕方がない。

人生に迷う人がいる。それが悩みだという人もいる。

でも、迷ったって悩んだって、良いじゃないかと思う。それはブレーキがしっかりと稼働している証拠だ。

たまたまブレーキがぶっ壊れている人が、成功を収めることがある。勇ましい言葉を発して、憧れを持つのは自然なことだけれど、それだけが「全て」でないことも頭の片隅に置いていたい。

迷い、苦しみ、絶望した果てに生まれたアクション。思い切りの良さは失っているとはいえ、僕はその試行錯誤の過程を信頼したいと思う。

迷ったら止まれ。事故に遭うことは、決して格好いいことではない。