21歳、モロッコ(鈴木ゆうりさん #2)

ホームに到着した列車に乗り込み二等車両の座席を陣取ってからしばらくして、金属が軋むような音をしながら電車が動き出しました。煤や傷で薄汚れた窓の外に映る景色が、無機質なトンネルから日本とは異なる植生の山々に変わり、駅に着くごとに乗り込んでくる人が増えてゆきます。

二等車両はコンパートメントになっており、一つのコンパートメントに6つの座席があります。自由席なので座席は早い者勝ちなこともあり、わたし以外誰もいなかったコンパートメント席は瞬く間に満席になりました。コンパートメントに座った乗客は、席に座った瞬間に昔馴染みの友人といるかのように会ったばかりの隣の人へ話しかけています。アラビア語とフランス語で弾む会話を理解できる訳もなく、極力関わらないように窓の外を穴のあく程に凝視して、時が過ぎるのをただただ待っていました。

カサブランカからフェズまでは4時間以上の長旅で、昼時になると車内で昼食を取る客が増え始めます。昼食をすっかり考慮に入れていなかったので、わたしの手元にあるのはペットボトルの中に残るわずかな水のみでした。
いくつかの駅舎に停車するたびにコンパートメントの客も入れ替わり、昼時に座っていたのは幼稚園児くらいの男の子を連れた母親と、ティーンエイジャーの女の子の3人。男の子が母親にアラビア語で何かをまくし立て、母親がリュックを開いて昼食のサンドイッチを取り出しました。女の子も事前に用意しておいたパンを頬張り始めます。

カサブランカに到着してから何も与えられていない胃が食べ物の匂いに騒ぎ始め、わたしはぎゅっと目を瞑りました。乾いた口に唾液が分泌されるのを感じます。フェズまでの残り時間は2時間半ほど、まだまだ長い道中です。ひどく惨めな肉体が存在している気がしました。自分で望んでやってきた土地なのに、心中は水の中で捥がくようです。膝の上に乗せたナップザックを力のままに抱きしめて、顔をそのまま埋めると、日本にある自分の部屋の匂いがして、それがまた惨めさに拍車をかけました。

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