記念日に愛を祝わない(Yoshiyuki Hadaさん #4)

「目の前にいる私を、助けて」
「あなたにはわからない人の気持ちがわからない」
「私のことを知ったような口を利かないで」

これらの言葉を初めて投げかけたのは、そのとき付き合っていたそれぞれの彼女。その後、似たような言葉を別の彼女にも言われてきた。だからこのエッセイは、一人の特定の女性の話ではなく、概念としてのカノジョの話。そんなカノジョの言葉は、今でも僕の胸に突き刺さり、ここまで僕を突き動かしてきた。

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カノジョに言われた3つの言葉のエピソードは、勤務している高校でも、生徒に話したことがある。こんな話をすると教員としての資質が疑われるから本当はしないほうがいいんだけど、という前置きをつけて、倫理の授業の途中で、僕は思い出話を始めた。

そのときはオンライン授業で、生徒が誰もいないガランとした教室から、ひとりノートパソコンの画面に向かって話していた。画面越しの生徒は全員カメラオフ。学期の初めはカメラをオンにして授業を受けていた生徒も何人かいたけど、他の生徒が顔出しをしていないのを見て、顔を引っ込めてしまった。思春期の生徒だから、自分だけ素顔を出すのは嫌だ、という気持ちはよくわかる。

僕は、カメラオンにすることを生徒に強制はしなかった。先生が生徒の顔を見たいためだけに、顔出しのお願いなんてどうしてできるだろう。学校は、大人のためではなくて、生徒のためでなくてはいけない。

僕がラジオのようにひとり語りのするパソコンの画面の反対側で、生徒がどんな顔をしているのかはわからない。何か別のことをやっているのかもしれないし、ベッドに横になってぼんやり考えごとをしているかもしれない。

僕は、そんな生徒の様子を勝手に思い浮かべて、苦笑いをしながら続ける。

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