記念日に愛を祝わない(Yoshiyuki Hadaさん #4)

授業の内容はドイツの哲学者ヘーゲルの弁証法について。テーゼ(定立・命題)とそれに対するアンチテーゼ(反定立・対立命題)をアウフヘーベン(止揚)させる、というものだ。

難しいテーマなので、生徒が興味を持ちそうな授業の取っ掛かりとして、「残酷な天使のテーゼ」を最初の間奏まで流す。よかれと思って、高校生も聞いたことがある25年前の名曲をかけたけれども、生徒から「ちょっとボリューム下げてもらっていいですか?」と言われてしまう。顔出しはしないのに、そんな発言はするんだ。いや、ここは、ちゃんと自己主張したことを褒めるべきかもしれない。

授業で使っている資料集には、ヘーゲルの弁証法の例として、学校での文化祭の出店をめぐる生徒の議論が登場する。

カレーを売りたい生徒と、うどんがいいと主張する生徒の意見の対立。そこで別の生徒が、カレーうどんにすればいいんじゃない、と提案するというイラスト付きの例だ。僕は、カレーとうどんをアウフヘーベンさせてカレーうどんにする、という例はわかりやすいけど、本来のヘーゲルの弁証法は、モノではなく思想の発展で使われるものなんだよね、と生徒に対して補足するが、どこまで伝わっているか。

そのあと、生徒に対して、カレーうどんよりもよさそうなアウフヘーベンの例を考えてみよう、とグループワークの指示を出す。ただ、その前に考えやすいようにとあるエピソードを話しますね、と言って、話し始めたのが、カノジョの3つの言葉の話だ。

僕は、このエッセイに書いた内容をダイジェストで生徒に話す。あるとき、彼女は「あなたは私のことをわかろうとしていない」という。そこで彼女のことを理解しようと努める。彼女に共感を示していたら、別の夜に「私のことを知ってるように話さないで」と言われてしまう。この矛盾に僕はどうしたらいいんだろう。どうアウフヘーベンすればいいんだろう。

自分なりにアウフヘーベンした結果は、もう少しあとに書くことにして、生徒からのグループ発表を終えたあとに、若い頃のエピソードを共有した理由を生徒に伝えた。ちなみに、生徒の発表には、期待を上回る素晴らしい例もあった一方で、そばと油揚げをアウフヘーベンさせて、きつねそばという、カレーうどんと何ら遜色ないものもあった。僕は苦笑しつつ、もっと他にあったでしょ?と突っ込みを入れた。こんなやりとりが愛おしい。

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