記念日に愛を祝わない(Yoshiyuki Hadaさん #4)

学校での特別な日、それは、卒業式。僕自身は、卒業式で生徒を送り出した経験はない。非常勤で担任を持たないから、これからも経験しないかもしれない。現職教員の友人に聞いた話では、毎年卒業式を迎えると、先生をやっていてよかった、と思うらしい。一年間の中でどんなにイヤなことがあっても、その一日があるだけで、生徒と一緒に写真に写り、生徒を送り出すだけで報われる。

生徒にとっても特別な意味を持つ日。友達とバカやった日々を懐かしみ、退屈だった日常もキラキラまぶしく思い返せる日。もう子ども扱いされるのではなく新しい生活への第一歩を踏み出す日。学校がそれほど好きではなかった生徒にとっても、ようやく束縛から開放される日。卒業式は参加者にとっていろいろな意味をもった記念日といえる。

僕自身の中学校の卒業式は、友達関係の悩みもいざこざもまとめて、きれいな思い出に変える、特別なイベントだった。富士フイルムの使い捨てカメラ「写ルンです」を持っていって、あまり好きでもなく、好かれてもいなかったであろう担任の先生とも笑って写真に写った。使い捨てカメラは撮影枚数に上限があるけど、それまで特段仲良かったとはいえないクラスメイトからも、一緒に撮ろうよと声を掛けられれば、喜んで応じた。もちろん、仲が良い友達とも撮った。高校は別でもバンド仲間は変わらず卒業後も頻繁に会うことになるけど、ひとつの区切りとして、相変わらずのメンバーで写真に写った。

高校の卒業式は別の意味で特別な意味があった。僕は、家から近くの男子進学校に進んだけど、そこでは、勉強しろ、寝てるんじゃない、と言われた記憶しかない。学校の外が自分の居場所と考えていた僕にとって、ようやく迎えた卒業式は、これで東京に行ける、という解放の記念日だった。高校時代に、誰かに気に掛けてもらっていた記憶はない。単に気づいていないだけかもしれない。それくらい、僕は校内で所在なげに過ごしていた。

唯一、僕が学外でバンドをやっていることを知った英語教師に、CDがあれば聞かせて欲しい、と言われたことがある。その交換として貸してくれたのが、マイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」だった。ジャズを聴くのは初めてだった。バンドの曲風に合わず参考にはならなかったけど、僕は、CDを一周するだけではもったいない気がして、何度か繰り返し聞いた。CDを返したときに、英語の先生がバンドCDへの感想を言ってくれたかどうかは、覚えていない。

1 2 3 4 5 6