あああ(ふつうエッセイ #548)

どうしても何も浮かばないときとか、とりあえず仮で何かテキストを置いておこうとか、色々な理由はあるけれど、僕が保有している仕掛かりのドキュメントには、無数の「あああ」が並んでいる。

「あああ」から始める文章なんてないけれど、とりあえず「あああ」で置けば、何かを書かなければならないというサインにはなるからだ。何も書いていなければ、何も書かなくて良いんだという勘違いも生じやすい。だからタイトルや見出しには、とりあえず「あああ」と書いているわけだ。

例えば僕がアメリカ人で、英語話者だった場合、同じようにテキストに「aaa」とか書いておくんだろうか。「aaa」なんて、aを3つ並べたらトリプルエーみたいじゃん!なんて思うけど、アメリカ人にトリプルエーなんて言っても意味不明なだけ、何も発展しない。

AAA(トリプルエー)とは、「良い評価」を意味する言葉だ。日本人は「あああ」と並べようと「AAA(aaa)」と並べようと何も感じないが、僕が英語話者なら「AAA(aaa)」と仮置きした文章は、テンションが上がったり、ウキウキしたりするのだろうか。

しない、だろうな。

仕掛かりというのは、あくまで仕掛かりなのだ。しっかりやれよという合図でしかない。

「あああ」で始める文章は、いつか「あああ」を書き換えて、生きた文章にしなければならない。生みの苦しみが、いつだって待っている。そんな覚悟が必要なんだ。

あああ〜、とため息と共に、今日もMacBookに向き合っている。