人生で出場したマラソンにはどれもきらきら輝く思い出があるのですが、ひとしお忘れられないマラソンがあります。
サルトグランデマラソン。アルゼンチンとウルグアイの国境の街で開催された小さなマラソンに出場したのは、2019年9月のことでした。
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アルゼンチンの首都ブエノスアイレスからバスで5時間ほどの距離にあるコンコルディア市。ウルグアイ川を隔てたお隣さん、ウルグアイのサルト市とは目と鼻の先です。
マラソンも、ウルグアイのサルトの街をスタートして、国境に架かるサルト大橋を渡り、ゴール地点のアルゼンチンのコンコルディアを目指す、日本人からすると珍しい国境を跨るコースになっていました。
お世辞にも観光客が多いと言えないコンコルディアで、日本人がわざわざマラソンを走るために遠路はるばるやってくるのは小さなニュースになってたみたいです。
「ハポネサ?コレラス、マラトン?」(日本人?マラソン走る?)
ゼッケン受取場の市民会館の入り口で呼びかけられ、そこから地元のランナーや大会運営の代表の方から多大なる歓迎をしていただきました。
「ついにサルトグランデマラソンも、インターナショナルマラソンの仲間入りだ!」
「コンコルディアにようこそ、ぜひここで写真を!」
「この写真、大会のホームページに載せてもいい?」
こんな大勢に歓迎されるのは、生涯で初めてのことでした。
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次の日のスタート地点でもそれは変わらず、どのランナーもまるで親戚の姪っ子のようにわたしを扱ってくれました。
「はじめの10キロのアップダウンが大変だから怪我をしないように気をつけて」
「残りの20キロは下りだから楽だけれど、日中は暑くなるから沢山の水を飲んだ方がいい。」
そんなアドバイスを雛鳥に噛み砕いて餌を与えるように、ひとつひとつ簡単なスペイン語に変えて伝えてくれます。最初は空っぽだったスパッツのポケットに、チョコレートや干し葡萄の入った小さなビニール袋が入って膨らんでリスの頬袋のようになっていました。膨らみが優しさと比例していくようで、おなかの内側が少しむず痒くなりました。