「大手やん!凄いやん!」
理系大学出身の私は、就職氷河期を感じることなく、都内の大手企業への就職をサラリと決めた。
その会社に入ったのは、「大手だったら安定してるだろう」という漠然とした理由しかない。
仕事より音楽がしたい、それが上京の本当の目的だった。
退屈な研修が終わり、配属先は親会社のとある事業部。個別にパーテーションが区切られた豪華なオフィスでOJTが始まり、担当の上司と二人になった。
上司のモニターを覗いたら、そこにはトランプの柄が映っていた。
上司はトランプをめくっては、同じマークの上に延々と積むゲームに勤しんでいた。
なんだ、これでいいのか。
全体的にダラダラとした社風の会社で、何を目的に仕事をしているのかも分からず、「やれ」と言われたことを淡々とやるだけ。楽勝だと思った。
ある日、親睦ボーリング大会というものが催されることになった。
上司は私にこう言った。
「ボーリング大会、出世のために行った方がいいよ。僕は技術力があるから行かないけどね」
この人は何を言ってるんだ。
技術力があれば親睦しなくてもいい。上司との煩わしい酒席に顔を出さなくていい。なんだ、それでいいのか、その程度か。
音楽活動は順調そのものだった。CDを出せば売れ、地方にも呼ばれ、イベントの動員もあった。刺激にあふれた毎週末だった。
その反面、月曜日からの会社員生活は退屈そのもので、さらに「周囲全員がつまらない人に見えてしまう病」にかかっていた。
楽しすぎる音楽活動と、退屈すぎる会社員生活。双方のギャップに苛まれていたら、体育会系の別の上司に呼び出された。
「お前、音楽やるのか、仕事をするのか、どちらかにしろ。今のままだと、どっちつかずになるぞ」
ごもっともである。勤務意欲の低下が、私の顔や態度にモロに出ていたのだろう。
「じゃあ、音楽で」と言いかけたが言わず、「ですよねぇ」とお茶を濁して、なんとなくやり過ごした。