強くありたいだけなのに<彼女の言葉②>(Yoshiyuki Hadaさん #2)

社会人になってから、人間には性善説も性悪説もなくて、ただ人間は弱いもの、だから、それを前提に組織設計やルールを決める必要がある、という話を聞いた。なるほど。楽をしたり、気を抜いたり、魔が差したり、諦めたり、投げ出したり、というのは人間の弱さからくる行動ということらしい。ちなみにこの発言はカノジョではなく、男性の先輩の発言だったけれど、この先輩のもっともな見解は、あのときの彼女の言葉を思い出させた。僕は、この人間の弱さが理解できないときがある。

僕は、目の前にいるカノジョを守るために、自分の成し遂げたいものを守るために、人として強くありたいと思っていた。もともと強くはない自分が守りたいものを守り抜くためには、自分を高めないといけない、自分を強くあるようにしていかなければならない、とここまでやってきた。弱いものを守ろうとすればするほど、強くなろうとする自分。そして、ますますわからなくなる弱い人の気持ち。ますます離れていく強さと弱さ。二律背反的なこの関係が引き裂いていくのは、愛する二人の関係じゃない。強さと弱さの間にぽっかり隙間ができていく感覚。

この、わからない人の気持ちがわからないことは、学校の教師としては、致命的な欠陥。勉強がわからない生徒がいたときに、なぜわからないのか教師が理解することができなかったら。何度教えても生徒が同じ間違いをすることにイライラしてしまったら。生徒が自分で立てた目標なのに、それに向かって努力せずに諦めてしまうことを不思議に感じてしまったら。

それだけじゃない。教室内にはいろいろな生徒がいる。頑張りたくても気持ちと身体がついてこない生徒、やればできるはずなのにやろうとしない生徒、あらゆることにやる気を見い出せない生徒……。唯一の救いは、カノジョの言葉のお陰で、自分の心の傾向に自覚的になれること。わからなくなりそうになったら、胸の奥で深呼吸をする。カノジョが指摘した傾向を認知しているけど完治しそうにないから、僕は教室の中で、いつも緊張している。

「あなたは人の気持ちがわからない」なら、わかるように努力しよう。
広がるばかりの隙間の存在を憂うのではなく、埋めていこう。

ここに至るまで、前向きに強がることでしか、悩みや失敗を克服できなかった自分は、カノジョの言葉にショックを受けるだけでなく、前向きに乗り越えようとした。まずは、今付き合っている彼女をわかろうとしよう。

彼女の気持ちに共感しよう。いや、まずは目を見て、うなずきながら話を聞くようにしよう。

そんな僕に、カノジョはまた別の言葉を投げつける。僕は、もうどうしたらよいかわからなくなっていた。

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