バス・ストップ(ふつうエッセイ #90)

あなたはバスの中で、降車ボタンを押しますか?

長年、バス観察を続けていると、世の中にはそれなりに「降車ボタンを絶対に押したい」派閥が存在することが分かる。彼らは、目的地が告げられたら即ボタンを押す。「私も押そうと思ったのに」という気配を感じるほど、そこには争奪戦の気配すら、ある。

彼らはきっと、会社でも激しい出世争いで忙しいだろう。

一方で、これはごく稀というか、色々な状況が重ならないと明らかにならないのだが……、「降車ボタンを絶対に押したくない」派閥も少なからず存在する。彼らは、目的地が告げられてもボタンを押さない。「私が行く目的地は、きっと他の誰かも行くはずだ」と疑わず、他の誰かが降車ボタンを押すのを待っている。

こういうタイプは、温厚と見せ掛けて、実は嫉妬深く出世争いに肉薄しようとする。

目的地が近くなると、さすがに誰かが降車ボタンを押す。

実際に目的地に着くと、ぞろぞろと、数人が降りる。「おいおい、君もここで降りるのか」と、押した人は驚く。「そりゃそうさ」という心の声が聴こえる。その問答には、やはり争いのタネが潜んでいる。「君はボタンを押したが、僕はボタンを押さなかった」。そんな自負が、背中にしっかりと見えている。

もっとも、こういうタイプが出世争いで勝つことはほとんどないのではないだろうか。

会社に存在するたくさんの課題解決において、バス・ストップの(ような小さな)攻防にあくせくする余裕などない。要職に就く(べき)人物は、そのような些事には目もくれず、やるべき仕事を淡々とこなすのだ。きっと。

ちなみに、僕は「降車ボタンを絶対に押したくない」人だ。

そりゃ、そうだろう。

ボタンを押さずに、誰かが押してくれるのをじっと待つのは、バスに乗る最大の楽しみなのだから!