ドーナツに穴が空いていなかったら(ふつうエッセイ #222)

ドーナツの穴は、何のために空いているのか。

調べてみると理由は諸説あるようだ。いまは、その諸説をすべてクリアにできる。技術的には穴が空いていても、そうでなくても、美味しい揚げ物を作ることができるのだ。

ドーナツに穴が空いていない世界を想像してみる。

誰も、ドーナツに穴が空いていたことを知らないという世界だ。

まあ、その「ドーナッツ」は、変わらず美味しい味がするだろう。パンとは異なる食べ物として、ドーナッツの人気は不動である。

だけど、きっとドーナッツの世界には、問われるべき問いが少しだけ減少するような気がしてならない。「ドーナツには、なぜ穴が空いているのか」と問う人はいなくなる。なぜならドーナッツには穴が空いていないからだ。そうするとつまり、「ドーナツの穴だけ残して食べるにはどうすれば良いのか」という問いも生まれない。重ねて申し上げるが、ドーナッツには穴が空いていないからだ。

そんなにカリカリしなくても良いじゃないか。

そんな声が聞こえてきそうだ。だが、考えてほしい。

僕は、カリカリしているわけではないのだ。

問いには、何かを努めて冷静にする効果があるように思う。ドーナツはカリカリに揚げられるが、ふと「ドーナツには、なぜ穴が空いているのか」と冷静に問うようなことが起こり得る。そんな二面性のある存在なのだ。

ドーナツが、穴の空いていないドーナッツだったとき、人間はカリカリし続けてしまうのではないか。カリカリし続ければ、喧嘩や暴力、果ては武力紛争や戦争が頻発してしまうかもしれない。

そうだ。

だから、ドーナツには穴が空いているのだ。

そんな新説を、本日、ドーナツ学会に提出したいと思う。