【きっと両想い】文化人類学(小波季世さん #3)

複雑で困難で残酷で、それでも美しくなりうるはずのこの世界へ

「当たり前」とは何なのか。その「当たり前」はあなたを幸せにしているだろうか。それとも苦しめているだろうか。性別や信条、将来の夢、理想の家族、地位や名誉。あなたが今望んでいることは、あなた自身が本当に望んでいることだろうか。

あなたが「理解できない」あの人は、果たして「悪」だろうか。「悪」だとすれば、「善」とはなんだろうか。理解できなくとも「受け止める」ことはできるだろうか。あの人にとっては「悪」かもしれないあなた自身を「理解してもらう」ことはできるだろうか。共に生きることはできるだろうか。

世界はいつだって複雑だ。だが、その実は意外とシンプルなものかもしれない。知ろうとしてみないとわからない。

「今、目の前にある現実を理解するにはどうしたらいいのだろう?」「あの人がこう考えるようになったのはどうしてなのだろう?」―問いの大小がどうあれ、この世界を理解したいと少しでも思った瞬間から、文化人類学の扉はあなたの目の前に開かれている。

文化人類学の考え方があなたの心を支えてくれることもあるかもしれない。大学を離れて何年経ってもそれがわたしの中にあるように。

今回こうして文化人類学について皆さんにお伝えする機会に恵まれたのも、きっと文化人類学の神様(もしいるとしたら、だけれど)がくれたご縁だと思うことにする。そうだったらとてもうれしい。くすぐったい気持ちではあるけれど、きっと両想いだ。

さあ、ようこそ、文化人類学へ。ようこそ、「当たり前」を問い直す世界の中へ。

*参考文献
文化人類学20の理論』綾部恒雄編(2006年、弘文堂)
ようこそ文化人類学へ 異文化をフィールドワークする君たちに』川口幸大著(2017年、昭和堂)

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