憧れの地、フィレンツェへ
『冷静と情熱のあいだ』との出会いから10年ほど経った社会人数年目。とある12月初頭、わたしはふと気づいた。
「年末年始にまとまった休みが取れる」
毎日吐きそうになるくらい忙しすぎて、目前に迫った休みのことなどすっかり忘れていた。それまでの数年にあった、いくつかの恋愛にも疲れ切っていた。これ以上ないくらい人を好きになったり好意を抱かれたり、憎んだり憎まれたり。「愛憎」という言葉はつくづくよくできている。
そういえば、社会人になってから海外に行っていない。せっかくだったら海外に行ってみようか。じゃあ、どこへ?
「フィレンツェ」
他のどんな地名よりも早く頭の中にパッと閃いたのは、そう、あのフィレンツェだった。
基本的にスロースターターなわたしだけれど、その代わり一度決めたら猪突猛進。その日のうちに見積もりを取り、数日後にはイタリア行きの飛行機と現地の宿の手配が済んでいた。
そして翌年の1月1日。27歳にして、わたしは初めての海外ひとり旅に出た。人生でこれ以上ないくらいの冒険。海外に行くのだ。それもたったひとりで!北米やアジアの国々に行ったことはあったけれど、ヨーロッパはまったくの初めて。
イタリアに行ったことがある友人・知人たちの話はホラーの連続だった。飛行機の中でパスポートを盗まれた、だとか、男性複数人で行ったのに追いはぎにあった、だとか。
海外には行ったことがある。でもそれはいつも団体でのことで、常に頼れる誰かがいた。ちょっとくらい気を抜いていても大丈夫だった。しかし、今回は正真正銘のひとりぼっちだ。飛行機に乗り遅れたら?スリに遭ったら?言葉が通じなかったら?トラブルが起きたらすべて自分で対処しなくてはならない……。
ところが、そんな風に気を張り詰めてのぞんだイタリアひとり旅は、拍子抜けするくらい大きなトラブルとは無縁だった。本当に「人生最高の旅」だった。きっと死ぬ時もわたしはそう思うに違いない。