公衆電話の思い出:その2(ふつうエッセイ #291)

昨日、公衆電話の思い出についてのエッセイを書いた。

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もうひとつ、公衆電話に絡めたヒヤッとした経験があるので記してみる。

大学卒業間近、スコットランドとイングランドをひとり旅した。2月のイギリスは寒かったけれど、このタイミングが最も航空券が安い。ドミトリーや知り合いの家を渡り歩きながら10日間ほどの旅を楽しんだ。(なんせ大好きなUKロックのライブに2回も行くことができたのだ!)

最終日には、手持ちのお金が底をついた。たしか5ポンド(1,000円くらい)しか残っていなかったと思う。それでもギリギリ、ヒースロー空港に到着することはできた。ロンドンの地下鉄はうんざりするほど高いのだが、空港に着ければ、あとは何とかなるだろう。

そう思って搭乗手続きをしようと思ったのだが、全く手続きが進まない。あたふたしていると、別部屋で荷物検査まで受けることに。荷物検査後は、また列の最後尾に並べさせられる……

気付けばフライトの時間に。やばい、やばい……と焦るが誰も助けてくれない。

ついには、予定していた飛行機は出発してしまう。「どうしてくれるのか!」と拙い英語で捲し立てたところで、ようやくスタッフが慌て出す。日本語の分かるスタッフが来てくれて、予定していた便から数時間後の飛行機に変更してくれた。

問題がひとつあった。当時付き合っていた恋人が成田空港に迎えに来てくれる。予定していた便に僕は乗っていないわけだから、恋人を心配させてしまう。時は2007年。まだスマートフォンがなかった時代。迷った末に、5ポンドを公衆電話にいれて、遅れる旨を伝えた。

その後が大変だった。とにかく腹が空いたのだ。

クレジットカードも持っていなかったので、何も食べることができない。諸事情で機内食も食べられず、空腹が限界に近付いていた。機内は真っ暗で、周囲の乗客は眠りについている。こんな空腹では眠れそうにない。

周囲を見渡すと、カップラーメンを食べている人がいた。なんだって!

おそるおそる「無料で食べられるのか?」を聞く。客室乗務員が頷くのを確認して、カップラーメンを持ってきてもらった。美味しかった。そこでようやく眠りにつくことができた。

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いまはクレジットカードもあるし、Wi-Fiに繋げばどこからでもインターネットにアクセスすることができる。僕がロンドンで遭遇したような「苦難」は、きっと二度と体験することはないだろう。

というか、一度そのような苦難に遭遇したからこそ、苦難を回避するための策を幾重にも張ろうという「癖」がつくのだと思う。

ヒースロー空港、荷物検査、5ポンド、公衆電話、カップラーメン。搭乗スタッフを罵ってしまった言葉の数々……

15年前の苦い記憶は、なかなか色褪せてくれない。