焦がれ続けた夢、叶う日
ドゥオモ見学予約の日、わたしは、はやる気持ちを抑えながら、足早にフィレンツェの街を駆け抜けた。あいにくの曇り空。それもまたいい。
緊張で胸が高鳴る。地図だと、もうそろそろ着く頃だ。スマホを見ながらうろうろしつつ、ある路地を曲がった瞬間、それは唐突に姿を見せた。雑誌や映画の中で見慣れたその建物。
『冷静の情熱のあいだ』で、若かりし順正とあおいが、あおいの30歳の誕生日に一緒に行こうと約束した建物。そう、フィレンツェのドゥオモだ。馬鹿みたいにわたしは思った。
「やっと会えた」
10代の頃からこの小説の大ファンだった。何十回と読み返したか分からない。映画も何度も観たし、サントラも繰り返し聴いた。
そして、ベタすぎて笑ってしまうけれど、この物語の舞台であるフィレンツェのドゥオモにはいつか大切な誰かと一緒に行くのだと思っていた。こんな風にひとりっきりでドゥオモを目の前にする自分を、10代・20代前半の自分は予想すらしていなかった。
予約客の列に並びながら、これ以上ないくらい興奮している自分と、腹をくくったような気分の自分がいるのがわかる。そして、いよいよ順番が来た。とうとう登るのだ、あのドゥオモに。イヤホンを耳につける。iPodから映画『冷静と情熱のあいだ』のサントラが静かに流れ始める。
他人からしたら、バカバカしいくらい感傷的に「浸っている」ように思えるだろう。だけど、わたしはこのドゥオモに登るためにはるばる日本からやってきたのだから、それでいいのだ。