しーんとした、会議室(ふつうエッセイ #271)

昔から、会議室が好きだ。

会議室が好きとはいえ、会議が好きなわけではない。

仕事に集中するために、会議室に籠るのだ。

もちろん、だいたいの場合において、会議室を個人使用することは認められていなかった。仕事は自席で行なうもの、それが当然のことだ。

でも僕は幸運なことに、いくつかの仕事について「集中したいなら会議室でやってきて良いよ」と言われていた。電話が鳴ると集中できないという理由が容認されていたのだ、同僚や上司に恵まれていたのだろう。

僕が所属していたチームは、少数で構成されていたことが多かった。僕の仕事が滞ると、アウトプットとしての納品が間に合わなくなり、結果としてチームにも迷惑がかかるという事情もあった。

というわけで、誰にも邪魔されない会議室を経験できたのだ。実に気持ちが良い体験で、こういうところで常に仕事できたら最高だと思ったものだった。(とある部署は、物置小屋のような小さな空間で仕事をしていて……何だか居た堪れない気持ちになったのを、いまも憶えている)

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さて、昨年夏に会社を退職し、新しく会社を創業した現在。東京のコワーキングスペースで仕事をしている。コワーキングスペースにも会議室があるのだが、使用料金が結構高い。

なので僕は、ときどき外部の会議室をレンタルする。区が運営している会議室だったり、レンタルスペースを利用したりしている。

だだっ広い会議室に、僕がひとりだけ。

真っ裸にはならないけれど、靴を脱いでも、ひとりごとを呟いていても、誰の迷惑にもならない。キーボードを強く打鍵したとて誰にも注意されない。

音楽をかけることもできるが、あえて無音の空間に身を置いている。しーんとした会議室、その静寂がたまらなく好きだ。

喧騒よりも、僕は静寂を好む。

その傾向を知ったのは、誰もいない会議室で仕事をしていた「あの頃」を味わったからだ。ときどきはマクドナルドのような喧騒で仕事をするのも楽しいけれど、ほとんどお客さんのいない朝の喫茶店の方が、何倍も集中して仕事に臨むことができる。

それが、僕の傾向だ。

傾向を知るのは良いことだ。傾向に沿って、自分をアジャストできるから。

僕はいつも「しーんとした、会議室」っぽい空間を求めている。それが完全な静寂ではなくても、静寂を感じるような環境を自ら作ろうと努めている。かくして、僕は傾向をとても大切にしているのだ。