きっかけ(ふつうエッセイ #592)

仕事柄、人にインタビューをする機会が多い。

物事を始める契機という意味で、僕は「きっかけ」という言葉を使いながら取材を組み立てている。

・この仕事を始めたきっかけは何ですか?
・前職を辞めようと決断したきっかけは何ですか?
・この新しいプロジェクトを始めようと思ったきっかけを教えてください。

そんな感じ。

インタビューによっては、「きっかけ」祭りになったりする。「きっかけ」さんに、足を向けて眠れそうにない。

きっかけを漢字で書くと「切っ掛け」となる。もともとは舞台用語で、役者がセリフを言うタイミングを図ったり、演出担当が照明や音響を出すタイミングを見極めたりする上で、合図としての「切っ掛け」を求めたそうだ。

ついつい「きっかけ=理由」のような文脈で使ってしまうこともあるけれど、合図という所作を意識すると、これまでの使い方では筋が悪かろう。「きっかけ」という言葉を使うのであれば、本来は、当事者がどんな合図(それは心の声のようなものかもしれない)があったのかを聞き出さないといけないのだ。

ちなみに、僕が株式会社TOITOITOを創業したきっかけは、「TOITOITO」という言葉を思いついてしまったからだ。上から読んでも下から読んでも「といといと」。問いと糸、あるいは、問いと意図。問い問いとと解釈いただいても構わない。言葉を大切にする僕にとって、言葉そのものを包むような響きを持っていて、(恥ずかしながら)すごく気に入っている。

僕はそれほど頭が良い人間ではないので、どんな事象も腑に落とすまで時間がかかる。「こんなもんじゃないか」と思っていても、新しいインプットがあるたびに、「こんなもん、じゃなかったな」と反省する。新たに作り上げた「じゃあ、こんなもん、かな」も間違っている可能性が高い。

そうやって、赤面するようなきっかけを経ながら、よろよろと前へ歩いているのが僕だ。最近は(メタファーとしての)お酒を控えている。

いつか、ブレイクスルーに至るきっかけはあるだろうか。力強く前へ進めるようになれたら、きっと美酒にあずかろうと思えるはず。そんな日が、いつか来ますように。