卵と白熊~あたたかな愛を信じ、女として生きていく(安藤エヌさん #4)

 「女ってむずかしい。女ってたいへん」

歩きながら、ぽつぽつと独りごとを言う。自分の足元を見て、おへそのあたりを見つめた。赤く腫れた卵巣はこの中に収まり、存在を主張するかのように疼き、痛みを伝えてくる。

女は大変だ。もちろん男性には男性特有の病気があって、彼らだって等しく苦しんでいる。だけど、いざ自分が”女性にしかない器官”を病むと、いっせいに世間から「妊娠できなくなったりしない?」だとか「女としての機能を失うんじゃない?」という後ろ指さされの声が聞こえてくるような気がしてならないのだ。

子宮移植だとか、精子バンクだとか、少子化だとか、最近よくニュースで耳にするけれど、妊娠を希望しない自分には関係のないことだと思っていた。そういうものはパートナーがいて、子どもをつくりたいという願望のある人が当事者として考える事象なのであって、私はそういった輪の中から外れていると思っていた。だけど、こうして健やかな状態ではなくなった今、なんだか急に現実味がわいてくる。

子供がほしくない、という思いは変わらなくても、この肉体で子どもがつくれなくなったら、女としての私はどんな風に扱われるのだろう、と。

*

私の身体は私のものだ。誰にジャッジされる筋合いもない。分かっている。

だけどこんなに、心がえんえん泣き出すのをこらえている。

「女だから……」

下っ腹が痛むつらさと不安と心細さが一気に押し寄せ、道の真ん中でうずくまってしまった。逸る手でポケットから携帯電話を取りだし、とある相手にLINEをする。

「ごめん、今週どこかで会えない?
近所のおいしい定食屋さん紹介する」

返事はすぐに来た。

「水曜だったら有給とってる」

冷たいスマートフォンを握りしめ、手で丸をつくった猫のスタンプを送る。

今の私には、彼女が必要だった。彼女と美味しいご飯を食べて、昼のあたたかい日差しを浴びて歩きながら話がしたかった。

ぐっと立ち上がり、歩き出す。彼女からのメッセージを、何度も見返した。地元の駅に着く頃には雲が晴れて、色の濃い夕焼けが広がっていた。

家に帰ってベーコンエッグを作ろうとしたら、卵が腐っていた。賞味期限の印字を見たら2週間前だった。そういえばこの頃くらいから、身体の不調が出始めたな、と思い返す。いやな匂いを放つ卵をパックごとゴミ箱に捨てて、熱いシャワーを浴びて、その日は日付が変わる前に寝た。

寂しさがひたひたと裸足を打つ。春の始めの海にいるみたいだと思った。頬のてっぺんがだんだん熱くなり、自分自身の放つ熱に安心して、意識を落とした。

「卵巣ね~。私もおかしくなったことあるよ。免疫が低くなるとなるらしい」

「そうなんだ」

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