髭は、生えるもの(ふつうエッセイ #235)

ある程度の歳になると、髭が生えてくる。

僕の場合は、大学生になったとき。社会人として働き始めたときには、毎日髭を剃らないといけないほどになった。

僕は男性なので、女性のことは分からない。けれど少なくとも男性は──髭が生えてきた男性のほとんどは──多かれ少なかれ、髭の処理に頭を悩ませることになる。

毎日剃る、というケースもあれば、3日に1回というケースもある。

髭を剃らず、「おしゃれ」な髭のままでいる人も少なくない。

また、最近は脱毛する人も増えてきた。僕は試したことがないけれど、毎日の処理をスキップできるのは楽だよなあと羨ましくもなる。

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この先、科学技術が発達したら別だが、きっとこれからも「髭が生える」状況は避けられない。

髭剃りメーカーにとってはビジネスチャンスが続くということになる。同業他社との競争に勝ちさえすれば、倒産の憂き目を避けられる可能性が高いからだ。本を読まない人が大多数になれば、本が売れなくなり、出版社の経営は成り立たない。しかし髭は「生えない」ということがない。ビジネスチャンスが永続的であるという業界は、そうそうあるものではない。

人間の側からすると、髭への向き合い方は変わるだろうか。

髭に限らず、毛とは、自分の身を守るために生えると言われている。男性にとっての髭は、男性ホルモンと影響があるそうだけど、何から身を守っているのだろうか。

というか、考えてみれば、これからは「身を守る」というシーンが多くなるように思う。それは身体的にも、精神的にも。そうなってくると、今ある毛以外のところにも、毛が生えなくてはならない。メンタルケアも、無形のメンタルケアにこだわるだけでなく、有形の髭的なメンタルケアが必要になってくるのではないか。

守り守られ、髭も生えていく。

未来は、髭という定義がもっと広がっていくはずだ。脱毛している場合ではない。いや脱毛したって構わない。

あなたにとって髭的なものを、早めに確保していくことが大事なのだ。