いや、そこで一括りにしちゃいけないだろう。
映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がアカデミー賞 作品賞を獲得したときに感じたことだ。
何かというと、マレーシア出身のミシェル・ヨーさん、中国系ベトナム人のキー・ホイ・クァンさんがそれぞれ主演女優賞、助演男優賞をとり。「近年は、日本を含めアジア系のスタッフやキャストがアカデミー賞にも名を連ねるようになった」という趣旨の記事が新聞掲載されていたことへの憤りだ。
確かに、昨年は「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞を獲得した。戦後の日本映画という時間軸で見た場合、黒澤明や大島渚といった日本の映画監督たちは、レジェンドとして後世の作家に影響を与えている。
だが、今もその栄光に胡坐をかき、「アジア」という括りで無理やり光を差すような行為はいかがなものかと思う。好き嫌いは別にして、とりわけ韓国の映画作品やプロダクションのグローバル化はすさまじく、日本は明らかに後塵を拝している。
もちろんそれには理由があるのだけど、メディアが都合よく事実を捻じ曲げてはいけないと思うのだ。
言うまでもなく「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の成功は、プロデュースも手掛けている監督・ダニエル兄弟と、新進気鋭の製作・配給会社のA24の功績が大きい。それくらい、取材をしなくても自明なことなわけで。一般的な読者がそれを知らなかったとしたら、そこに光を当て、啓蒙することこそメディアの役割だろう。
エブエブ現象の興味深さとは別に、メディアのスタンスを苦々しい気持ちで眺めていたことを、しばらく忘れられないだろうと思う。