寝癖(ふつうエッセイ #330)

実家に帰ると、作業用の机に家族写真が飾ってある。

グランド・キャニオンを旅したときの家族写真で、僕以外の家族(両親と弟2人)が写っているものだ。

僕は当時中学生で、「野球部を休むわけにはいかない」というプレッシャーに負け、自らの意思で家族旅行を放棄していた。(当時の決断を死ぬほど悔やんでいる。まあ、それはさておき)

仲睦まじく写る4人。ひとつだけずっと気になっているのが、次男のサラサラヘアーにしっかりとした寝癖がついていることだ。風になびいているにしては不自然で、ゲゲゲの鬼太郎ばりに、なかなかの存在感を保っている。両親は、彼の寝癖に気付かなかったのか、気付いていながらも許容していたのか。

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寝癖には2種類ある。

たまたま一時的についてしまった寝癖。そして、慢性的に跳ねてしまう寝癖だ。

前述の通り、僕は野球部に所属していた。スポーツ刈りにする決まりはなかったのだが、何かのゲームに敗戦したことをきっかけにスポーツ刈りにさせられた。

めちゃくちゃナイーブな気持ちを抱いていたのだが、短く刈り上げたことで、寝癖の心配がないのは良いと思っていた。だが不思議なことに、しつこい寝癖に付きまとわれることになる。ちょっと捻れた寝癖で、なかなか補正できない。そして刈られているからこそ余計に目立つ。厄介なやつだった。

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いま、この文章を電車の中で書いている。

車内にいる人たちの髪を見て、「これは寝癖だ」「これは寝癖じゃない」の判断は意外にできないような気がする。

敢えて跳ねたままにしているのかもしれないし、ワックスでフワッとさせている可能性もある。毛量が少なく無造作にしている可能性もあって、「こりゃ、どう見ても寝癖だろう」という御仁にはなかなか遭遇しない。

一方で、息子や妻の寝癖は一瞬で気付く。つまり寝癖とは、当人または当人の家族のみが気付くものなのかもしれない。そう考えると、赤の他人について寝癖だと断言することは困難だ。だって癖だもの。癖って、ある程度時間を置かないと「癖」かどうかの判別がつかない。

特定分野の専門家なら別だけど、寝癖専門家っていないだろう。あ、美容師だったら気付くかもしれない。次に美容院に行ったら、聞いてみよう。美容院では会話のネタに困るものだが、良いネタが見つかって安心している。