真っ赤っか。(ふつうエッセイ #662)

夏になると、日本地図が真っ赤になる。

「気温が高ければ赤に、まあまあ高ければオレンジに」という具合に。7〜8月は雨でも降らない限り、日本地図は真っ赤に染まり続ける。

実際、暑い。

Tシャツ1枚で外出すると、汗でぐっしょりと濡れる。冷房のきいた室内に駆け込むも、汗で濡れていた箇所は不快さが残る。だから本当に暑い日は替えのTシャツを用意しているのだが、もうちょっと良い方法はないのだろうか。

関係ないけれど、夏は栄養ドリンクが美味い。

レッドブルやモンスター、ゾーン、オロナミンCなど、その日の気分に合わせて購入する。疲弊した身体が、何だか覚醒したような気分になる。でもそれって、「気のせい」のような気がする。200円くらい出したから、エネルギーが戻ってきたように錯覚しているだけという説も濃厚だ。

以前、毎日栄養ドリンクを3本飲んでいた先輩がいた。彼は常時具合の悪そうな顔つきだったので、僕はなるべく栄養ドリンクから距離を置くようにしてきた。夏の間でも、3〜5日に1回くらい。

つまり、いつもは何の変哲もない水を飲んでいる。人間の身体のほとんどは水で生成されているわけで、水や麦茶を多めに飲むよう心掛けている。その分、尿意を感じやすいのだが、生理現象に不平不満を言っても仕方あるまい。

子どもの頃、夏は楽しみで楽しみで仕方ない季節だった。夏が楽しみでなくなったのは部活動が始まった中学時代からである。あれだけ長い休みなのに、休みはたった6日しか設けられていなかった。お盆休みを含めて、である。1日6時間、練習に明け暮れた。監督はそれでも飽き足らず、「弁当を持ってきて、午後も練習するか」などと言い出し、確か2,3日そんな日があった。さすがに効率が下がったため午前午後の練習はすぐに終わったが、あのとき監督は何を考えていたのだろうか。監督の人間性に大きな問題があると考えていたが、あれはきっと、夏が暑くてまともに思考が働かなくなったからに違いない。いずれにせよ、中学生以降、あまり夏が楽しみな季節ではなくなったように思う。

今朝、息子から提案があった。

「今日は早く帰って、ご飯をすぐ食べて、8時過ぎに公園に行って虫探しをしよう!」

素晴らしい提案だ。

どれだけ蚊に刺され、毎日どこかしら痒そうにしているのに、遊ぶことへの情熱は微塵も減少していない。できるだけ息子たちには「しなければならないこと」という重荷を少なくしてあげたい。

どんなに野球が好きでも、6時間も練習を課したら野球が嫌いになるに決まっている。(自主的に野球をやりたい!と思うなら、その気持ちに応えれば良い)

親が親として機能する期間なんて、ほんのわすかな間だけだ。

今年の夏は、いつもより夏を楽しもう。息子と遊んでいる間は、仕事のことは忘れて、ただただ遊びに没頭するのだ。