君の名は?(ふつうエッセイ #421)

世の中には、感心するほどの能力を持っている人たちがいる。『ONE PIECE』風にいうなら、能力者である。

スキルや能力には、色々な種類がある。

僕は、編集やライティングのスキルを活かした仕事をしている。ただ残念なことに(社会的には喜ばしいことだが)、僕よりも優れた資質を持つ編集者やライターは山ほどいる。誰もが知る実績を誇る彼らに対して、思わず僅かばかりの嫉妬を寄せてしまうほどだ。

だが、僕が感心してしまう能力者には、むしろ「なんで?」という驚きに近い感情を抱いてしまう。

編集やライティングのスキルは、きっと、もっと伸ばしていけるイメージを僕は持てる。意欲もある。タイムマシーンがあれば、能力者になった自分を引き摺ってくるのだけど、という感じだ。

一方で、能力者たちが保有する特殊能力は、獲得できるイメージが全く湧かない。あったら便利だろうなと思う程度で、獲得しようとは思わない。だから嫉妬もしないのだ。

今日出会った能力者は、人の顔と名前を記憶できる人だった。菓子パンを食べていたときに「堀さんですか?」と話し掛けてきた彼は、3年前、オンライン面談で一度だけ話した人だった。

「マスクを外していたので分かったんです」と謙遜していたけれど、それくらいで名前まで想起できるわけないだろう。と、僕は思ってしまう。

聞けば、友人とともに先月創業したそうだ。外部からも評価されているビジネスモデルを有して、顧客や取引先にセールスしていくのが彼の役割だという。自らの強みをちゃんと分かっていて、すごいなあと思う。

映画「君の名は。」じゃないけれど、記憶から抜けてしまった人に対して、「〜〜さんですか?」と話し掛ける勇気は、僕にはない。そもそも、知人であったとしても、用がなければ声を掛けることはない。人間は、コミュニケーションする動物にも関わらず、僕の「面倒くさい」が声掛けをサボってしまうのだ。

顔と名前までは、憶えられない。

だけど、「あれ、どこかで見たことある顔だな」ということは、時々ある。

勇気を出して聞いてみようか。

「君の名は?」。もしかしたら、前前前世で会っていたかもしれないからね。