新聞紙(ふつうエッセイ #398)

来客に備えて、今朝、家に溜まっていた新聞紙をまとめて捨てた。

その日の朝刊だけを手元において。部屋の中もすっきり。日頃から整理するって大事なことだ。

しかし人生とは、予想もつかないことが起こる。

そこそこ冷えた秋の夕暮れ時、長男と次男を連れて近所の公園に行く。持参したサッカーボールや遊具でひとしきり遊び、彼らがちょっと飽きてきたところ。そろそろ帰ろうかと少し目を放した隙に、公園にある水道の蛇口が思い切り捻られていた。

ぷしゅーーーー!と噴き出る水。

肌寒いはずだが、ふたりとも予期せぬハプニングに嬉しそう。おいおい、既に鼻水を少し垂らしていなかったっけ?

全身びしょ濡れ。雨も降っていないのに、靴も濡れてしまった。

タイミング悪く、明日から外出する予定だ。

急いで新聞紙を破って、塊にして靴の中にいれる。そういえば朝刊、まだ半分くらいしか読んでいない。でも、昨日までの新聞は捨ててしまっていたから、やむを得ない。

いつもはすぐに溜まって置き場所に困るのに、今日に限っては、もっと新聞紙があれば良かったのにと嘆いている。

新聞紙からみたら、人間は滑稽に映るんじゃないか。

というか、新聞紙を破って塊にして靴に突っ込むって、僕が小さいときから変わらない所作だ。最近は、コインランドリーで靴用の乾燥機もあると聞くから、それを使えば良いのかもしれないんだけど、そのために自転車漕いでコインランドリーに向かうのも億劫だ。外は寒い。

てか、新聞をとってない家って、こういうとき、どうしているのだろうか。不便なことって、なかなか解消されないものですね。