麻酔(ふつうエッセイ #285)

半年前に、小さな虫歯ができていると診断された。

僕はわりと丁寧に歯を磨いているつもりだったので、かなりショックを受けた。そして今月に入り、経過観察期間が終了した。

いよいよ「虫歯を治療しましょう」と宣告された。

僕は歯医者が嫌いではないけれど、虫歯の治療は苦手だ。機械でガガガとやられる不快な感触は、どうしても慣れない。そもそも、虫歯治療の経験が豊富なわけではないのだが(虫歯のベテランというのも大変ですが)、それなりの恐怖心というものはある。

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担当の歯科医は、「麻酔を打って治療しましょう」と言う。

麻酔か……と思う。高校生のとき盲腸の手術を受けた。そのときに麻酔をしたくらいで、あまり麻酔そのものに良いイメージはない。無論、歯の治療での麻酔は初めてだ。

いろいろ支障があるのでは?とか、麻酔があまり効かないこともあるのでは?とか、色々な心配ごとが頭を過ぎる。

さっそく治療用ベッドにあおむけになると、該当箇所をぬりぬりと擦られる。麻酔って、注射じゃないのか!という新鮮な驚き。これなら全く痛くない。

治療中も、痛みは全くなかった。キーンという耳障りな音が時折鳴るけれど、痛みは伴わないから不思議だ。30分ほど口を開いたり閉じたりしながら、無事に治療は終了した。

「治療後30分間は、何も食べないでくださいね」と言われる。ちょっと唇が腫れており、口元が「への字」になっている。でも外出先ではマスクを着用しているので、他人からは治療跡は分からない。

それにしても、こんなに、あっさり治療できるなんて。

歯医者の場合、治療前にどれくらいの痛みがあるのか想像するのが難しい。「ああ、結構痛かったな」ということもあれば「今日はそれほどでもなかった」ということもある。それ以外の治療の場合、痛みが想定の範囲を超えることはない。

歯医者の場合も、だいたいの痛みが予想できたら良いのに。

麻酔の場合は、そもそも痛みが発生しないという驚きもあったけれど、まあ麻酔を多用することのデメリットもあるのだろう。

いずれにせよ、ちょっとだけ歯医者への恐怖心が和らいだ気がする。これから「麻酔しますか?」と言われたら、迷わずに「Yessssss!」と答えてしまうだろう。ひとつ、大人になりました。