眠るを知らない(ふつうエッセイ #15)

睡眠は、謎が多い。

「ノンレム睡眠、レム睡眠というのがある」というのは常識だが、では、どのように自らの睡眠を充実したものにするか、確信を持って実行できる術は持っていない。

もちろんお金をかければ、そこそこ良い睡眠環境を作れるのだと思う。有名アスリートのコマーシャルは、一般人の睡眠欲を煽る。そこに至るまでの負担は小さくないので、せめてスマートフォンで睡眠状況を計測するくらいが関の山となる。

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養老孟司さんによると、人間は常に変わり続ける生き物らしい。

寝る前の自分と、起きたときの自分は、まるで変わっている。変わっているように思えないのは、脳が自己同一化を画策しているからだ。いちいち「変わってしまった!」と自覚していては心身がもたない。

フランツ・カフカ『変身』では、主人公・ザムザが起きたら虫になるという不気味な設定だ。厳然たる事実があるにも関わらず、自分は「人間のザムザである」と頑なに現状を受け入れない。『バカの壁』で養老孟司さんは、そのことを自己同一化を拒絶していると表現している。

ザムザのような拒絶反応が常にあるわけではないが、「あれ、昨日の自分とこの辺が違ってるかもしれないな」と、ささやかながら点検するのは意味があるかもしれない。

ここ数年、マインドフルネスを実践する人が増えている。朝の瞑想により身体の感覚がクリアになるという。

「自分」は常に変わっていると自覚することで、何らかの不調のアタリがつくかもしれない。

しかし、6〜8時間の睡眠の中で、いったい何が起こっているのだろうか。きっとタフなことが行なわれているに違いない。朝起きたら、お疲れさま、と身体を労ってみてもバチは当たらないだろう。