おそらくあまりにも可哀想な絵だったのだと思います。身寄りのなさそうな異国のアジア人が号泣しているのは。
「ヘイ、ガール、キャン、ユ、スピーク、イングレス?」
久々に理解できる言語に反応した耳につられ、現実が眼に入らぬように両の手で覆っていた顔をあげると、そこには十数人くらいのボリビア人。話しかけてきてくれたのは、小学生ほどの男の子でした。横にはおそらく母親らしき女性が、男の子にスペイン語で何かを伝えています。
「どうしたの」
「飛行機がキャンセルになっちゃって」
「どこまで行きたいの」
「サンタクルス」
彼がお母さんから言われたことを英語に、わたしから言われたことをスペイン語にしてくれていました。彼のスペイン語を受け取った大人たちは、あーでもないこーでもない、という雰囲気で何かを話し始め、わたしの頭上が少し騒がしくなります。
「みんな、あなたを助けたい」
「飛行機の振替できる」
「50ドルある?50ドルで振替できる」
男の子は大人たちのスペイン語をゆっくり英語に訳して事情を説明してくれました。周りの大人たちも航空カウンターにわたしを連れて行って、グランドスタッフにスペイン語で何かを頼んでくれたりしていました。振替便のチケットを発券しながらスタッフの人が辛うじて話せる英語であらましをゆっくり伝えてくれました。
みんながわたしを心配していたこと。
サンタクルス行きの生きている飛行機があるか尋ねてきたこと。
無事にわたしをサンタクルスまで送り届けるように航空スタッフに伝えてきたこと。
後ろを振り返ると、ボリビア人の大集団がわたしの手続きを見守ってくれていました。笑顔で頷く人、グッドラックの手のポーズをする人、無表情の人、心配そうな顔をしてくれている人。”cancelado”の文字の前に浮かんだのとは別の涙が膜を張ります。
そのあとも「トランキーラ、ムチャチャ(落ち着きなさいお姉さん)」とティッシュをくれるご婦人や「甘いものを食べると元気になる」とチョコレートをくれたお姉さん、「俺も同じ便だから安心してくれ」とグッドラックのポーズをするおじさん、いろんな人がわたしを不安がらせないように、ずっとずっと声をかけてくれていました。
*
午後5時、わたしは無事にサンタクルス行きの便の座席に腰をおろしていました。あんなにどんよりと全てを埋め尽くしていた霧雨はどこかに行ってしまったようで、真っ赤に揺れる太陽が山々の間から顔を出しています。
隣の座席のおばさんがゆっくりとスペイン語を教えてくれました。飛行機の窓に映る密林の雄大な景色を指さします。
「ボニータ」
「ボニータ?」
「イエス、ビューティフル」
ストレージの少なくなったiPhoneのシャッターを押しました。
つらなる山を鮮やかに染め上げる朱色を、その陽光を掬い取って煌めく川の水を、緑にわなゝく広大な熱帯雨林を、取り零さないように、心の襞に刻んでおきたくて。
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