何の会社だったんだろう(ふつうエッセイ #62)

自宅近くのオフィスビルに、少し気になっている会社があった。

その会社は既に移転しており、今やそこはもぬけの殻。

地上から階段を降りた半地下的なオフィスだったので、働いている人の姿がよく見えた。どちらかと言えば若い人たちが働いていた。彼らが喋っているのを見たことがなかったので、コワーキングスペースかもしれないと思ったほどだ。(ただ備品の感じをみるに、おそらく会社だったと思う)

それにしても、何をしている会社なのかまるで検討がつかなかった。

会社名を示すプレートは一切ない。昨年、緊急事態宣言が発令されたタイミングも、変わらずに出社して仕事をしている。もちろん世の中にはリモートワークができない業態もあるだろう。特段彼らが四六時中お客さんと向き合っているような感じはしなかったけれど。

PCのモニターに、いくつもの付箋を貼っている女性がいた。

彼女の付箋が外されることはついになかった。備忘のためのメモかもしれないし、門外不出のパスワードかもしれない。

「かもしれない」が積み重なり、あの会社の正体が気になって仕方がない。残念ながら、働いている人たちの顔を誰ひとり憶えていない。別の場所ですれ違っても気付くことはないだろう。

何の会社だったんだろう。知らないうちに交差することもあるかもしれない。長く、事業を続けてさえいれば。