鉛筆をはさみで削るように(ふつうエッセイ #493)

必要なときに、爪切りがない。

おおい、定位置に置いといてくれよ。なんて、つい妻に苦情を申し立てるのだけど、犯人は自分だったりして。2023年も、相変わらず自分に甘い私である。

さて、同じように鉛筆削りというのは、本当にいつだって手元にない。私は鉛筆を使うことはないのだけど、4歳の長男は、ときどき鉛筆を使ってひらがなの練習をする。彼の筆箱の中に入れているはずなのだけど、気付けば鉛筆削りだけ、どこかに消滅している。家のどこかに、どうやらブラックホールがあるらしい。

たいてい私は、「仕方ないな」と思い、息子の鉛筆をはさみで削る。ほんのちょっと時間はかかるけれど、ちゃんと削れる。ちゃんと削れるのだ。

お金をかければ、プロに頼めば、ちゃんとしたアウトプットは期待できる。鉛筆をはさみで削ると、鉛筆削りのときのようなシャープな感じにはならないけれど、書く分には何の支障もない。

無骨だけど、ちゃんとした文字を書くことができる。

そういったプロセスを、ないがしろにしたくないと僕は思う。技術がいくら進んでも、効率化や生産性が叫ばれていても、わずかな一手間を大事にしたい。

鉛筆をはさみで削るように。

そんな駄文を記していたら、机の上に、鉛筆削りを見つけてしまったよ。