マメタへの愛の歌~胎児だった息子たちへ(碧月はるさん #1)

私には、二人の息子がいる。どちらの妊娠時も、共通して重い悪阻に悩まされた。検査薬で確認するまでもなく、「あ、妊娠したな」と思った。彼らとの出会いは、経験したことのない強烈な吐き気と目眩からはじまった。

性別もわからぬ時期から、お腹に向かって「マメタ」と話しかけていた。正確には、「豆太」。なぜか男の子だという予感があり、それはほぼ確信に近かった。妊娠初期の胎嚢(たいのう)は、ほんの数ミリ程度。モノクロ写真に写る彼は、まるで豆粒のようだった。だから、マメタ。安直だと元夫は笑ったけど、私は気に入っていた。

悪阻は、産むその日まで続いた。安定期なんてものは一切なく、毎日ただただ吐いていた。水分さえも吐き戻し、入院した時期もある。食べ物だけではなく、匂いつわりにも苦しんだ。お米の炊ける匂いにはじまり、洗剤、煙草、お酒、冷蔵庫に至るまで、ありとあらゆる匂いに吐き気を覚えた。本来増えるはずの体重は、10キロ以上減った。

げっそりとやつれた私に、助産師さんが言った。

「妊娠がどうしても体に合わない人っているのよ。碧月さんは、そのタイプかもね」

私は元々、親になることを臆していた。子どもを望んではいたけれど、どこかで怯えてもいた。私の親は、私を愛してはくれなかった。そんな人間がちゃんと親になれるのか、同じ過ちを繰り返さずに子育てができるのか、それが不安だった。妊娠が体に合わない。それがある意味、答えのように思えた。でも、本能は「産みたい」と叫んでいた。相反する気持ちを持て余し、私はどんどん不安定になっていった。そんな頃、マメタが動いた。

ぽこん。

小さな、小さな胎動だった。

何迷ってんだよ。俺はここで、ちゃんと生きているのに。

たった数センチのマメタに、叱られた気がした。生きなきゃ。生かさなきゃ。ただシンプルに、そう思った。その日を境に、マメタは毎日休みなく動き続けた。

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