実家にある鳩時計がずっと好きだった。
そう自覚したのは最近のこと。幼少期はあまりに日常に馴染んでいて、彼(と擬人化します)の存在を意識していなかった。
彼は、長針が「12」と「6」のときに鳴く。長針が「12」のときは、時刻に合わせて、つまり9時のときは9回鳴く。長針が「6」のときは1回鳴く。「カッコー!」の音はなかなか明快で、静寂な夜半に12回鳴かれると少し動揺してしまった記憶がある。
子どものときは、彼をいじわるな目で見たこともあった。
8時のときに「今日は7回しか鳴かないのではないか」と疑った。1, 2, 3と数えたこともあったが、しかし彼はそんな過ちを犯さなかった。いつだって正確に時刻を知らせてくれる。彼が正確に時刻を知らせてくれたおかげで、僕たち家族はそれほど時間にルーズな質(たち)ではなかったように思う。
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そんな彼にも、一度だけ危機が訪れた。
実家をリフォームしたタイミングのとき、捨てられそうになったのだ。僕は既に都内で一人暮らしを始めていたときだったので、後で聞いたことだ。
一度はゴミ捨て場に置かれらしい。しかし母が思い直して、取りに戻ったそうだ。その話を聞いて、僕は疑問を拭えなかったし、いまも拭えていない。リフォーム後のリビングは白を基調とした空間で、そこに彼はぴったりハマっていた。(むしろ彼のために白を基調とした空間にしたと思えるほどだ)
そして、いまは平穏な日々を送っている。
彼は、いまも実家のリビングにいて、昔と変わらず、正確に時刻を知らせてくれる。
ただ、1点だけ変わったことがある。鳴かなくなったのだ。
彼の側面をよく見ると「ON / OFF」のボタンがある。これがずっと「OFF」のままだ。僕の一存で「ON」に変えることも可能だけど、たしかに「カッコー!」の音は、両親ふたりだけの静かな空間には似つかない。
もう鳴かない彼だが、正確な時間はいつも刻まれている。
譲れない彼なりの矜持を、僕は少しくらい見習った方が良いのかもしれない。