よだれの気持ち良さ(ふつうエッセイ #175)

僕の胸で午睡した息子を、そうっと布団に寝かせる。

僕の胸元が淡く滲んでいる。彼のよだれだ。

よくみると、口をぽっかり空けて寝ている。実に気持ち良さそうだ。

よだれって、一般的なイメージはあまり良くない。

誰も指摘するわけじゃないけれど、自分自身で「よだれを垂らさないように」と気を付ける類のものだ。

だけど時に、よだれは微笑ましさを表すものに早変わりする。

ドラマや漫画では、若きカップルの片方が「よだれ垂らして寝ていたよ」なんて言われたり、くすっと笑われたりする。それはたぶん、よだれが無防備であり、恋人同士で安心していられる空間であることを意味するからではないか。

もちろん、垂らしている本人は、垂らしたくて垂らしているわけではない。よだれらしきものを発見して慌てるというシーンまでセットだ。双方のギャップは、ちょっとベタなくらい笑ってしまえるものだ。

息子の姿をみて、「ああ、あれくらい気持ち良く昼寝できたら幸せだよな」と羨ましく思った。誰かに見られているとか、何かあったらすぐに起きなくちゃとか考えているときは、よだれは出ない。

その分、眠りの気持ち良さも半減するのではないか。

もちろん口呼吸でなく鼻呼吸の方が睡眠の質は良いわけだが、感覚的な話として。よだれを垂らすくらい、気持ち良く眠れること。

ああ、そういえば、漫画家の藤子・F・不二雄さんも、よくそんなシーンを描いていたっけ?