投票しなかったAさんのことを、誰も責めることはできない
最後に「今回は投票できなかった」と、Aさんは告白した。
「投票先について考える時間を持つことができなかったから、考えずに入れると本来入れるべき1票と思考なしに入れてしまった1票との差が2票できてしまって、投じる1票以上に失ってしまう。思考なしに投票はできないから、今回は投票できなかった」
Aさん曰く、選管で働く人たちの中には「何がなんでも投票をする」タイプと、「投票しなくても良い」タイプがそれぞれいるらしい。彼の仕事には、投票率を上げるためのキャンペーンも含まれている。なのに「投票しなくても良い」と思う人がいるのには驚いた。
「仕事のミスよりも、投票に行けなかったことが汚点」というAさん。Aさんの仕事ぶりを知れば、Aさんが投票に行けなかったことを「汚点」と糾弾することはできないはずだ。
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Aさんが獲得できなかったのは、社会的な評価ではないだろうか。
ひとつひとつの選挙を遂行することで、組織内の「評価」は得られるだろう。ただそれは、概ね、組織の中で認められる評価であり、必ずしも社会的な評価に繋がるわけではない。むしろ……
やって、当たり前。
そんな風に思われているのではないだろうか。
もちろん僕らが税金を払っていて、それが原資となってAさんは給与を得る。でもそれ以上の、せめて同等でも良いから、Aさんに最低限の敬意は注がれてほしいと思う。
Aさんに、そして選挙を支えた全ての関係者の皆さんに、労いの言葉をかけてあげてほしい。それが気休めだったとしても。