時刻を知りたい(ふつうエッセイ #18)

腕時計を持っていない。

マラソンのレース以外で、腕時計を巻くことがない。もともと何かが常時、自分の肌に触れるのが苦手なのだ。腕時計があれば便利だと思うけど、ついiPhoneで済ませてしまう。

ただ、わりと真剣に腕時計は欲しいと思っている。

なるべくシンプルなやつが良い。重くない、軽いやつが欲しい。

カロリー消費が分かる必要はないし、メールの通知が確認できる必要なんて全然ない。むしろ邪魔だ。(あったらあったで重宝しそうだけど)

つい、iPhoneを触っていると、メールが気になる。SNSの通知が気になる。Instagramを見たくなる。暇を潰せるものがないか探してしまう。

ひとしきりiPhoneを触り手元から離すと、きまって、「あれ?今、何時だっけ?」となってしまう。本当は、現在の時刻を知りたくてiPhoneを手に取ったのに。

本来の目的を、見失っている。

* * *

全く別の話だけど、昔、マレーシアへ海外出張に行く機会があった。

後にも先にも、海外出張はこの1回限り。英語が苦手だったのに、「若手を経験させたい」という上司の計らいだった。現地では殆ど役に立たず苦しかったけれど、ありがたい経験をさせてもらえたと思う。

ひとつ、憶えていることがある。

参加していたカンファレンスでプレゼンの準備をしていたとき、取引先の方(アメリカ人)から質問された。

咄嗟に聞き取ることができず、聞き返した。すると腕時計を指すようなジェスチャーをして「What time is it now?」と繰り返してくれた。

今、何時ですか?

これすら聞き取れなかったのかと愕然とする一方で、「今、何時ですか?」と聞かれるシチュエーションがあることに驚いた。自分で調べれば良いのに、とか正直思ったけれど、まあ尋ねたってバチは当たらないよな……。

正確な時刻を知りたい。

昔は太陽やら月やら星やらの位置によって、時刻や日時を確認していたと聞いたことがある。それに比べれば、時計によって時刻を知ることができる時代はずいぶん恵まれていると言える。

それでも、気がつけば僕は時間に追われている。あれ?もう、こんな時間だ。なんて言って。

時間を知り、時間に思い知らされる。でも世の中には、時間を味方につけている人たちもいる。どうすれば時間の側に立てるのだろう。

腕時計を買ってみたら、分かるのかもしれない。なんてね。