どこまで親切にするか(ふつうエッセイ #193)

前職の会社は、若手社員の比率が高かった。主に経験のある社員から、新人社員に共有することを目的として、社員同士が「おすすめの本」を紹介し合うスプレッドシートが用意されていた。

それなりの読書量があった僕は、初めの頃はコツコツと更新していた。

だけど、ふと「これって意味ないな」と思ってしまった。

*

うろ覚えだが、スプレッドシートには以下のような項目があったと思う。

・本の名前
・著者名
・AmazonのURL
・本の値段
・ジャンル
・おすすめ度(5段階評価)
・概要説明:どんな本なのか
・おすすめポイント:どんな点がおすすめなのか
・備考

本の紹介、という意味においては親切な作りだと思う。

しかし、当然のことながら入力はおすすめする人が行なう。これが結構大変だった。Amazonの商品ページをコピーすれば良い項目もあったが、5〜10分くらいは入力に時間をかけていたと思う。

で、実際のところを確認したわけではないけれど、おそらく僕の紹介した本のほとんどは読まれていなかった。多読な社員が一人いたので、彼だけはいくつかピックアップしてくれたと思うが、かけた労力に見合った成果が出ているとは到底言い難い。

なぜ、このスプレッドシートは機能しなかったのだろうか。

本を読むこと自体のハードルの高さはさておき……たぶん、親切にし過ぎたんだと思う。

読んでほしい、読んでもらうにはどうすれば良いかな?ということを考え過ぎていた。むしろ仕組みでなく、コミュニケーションの問題だったと今なら分かる。

信頼関係のある先輩・後輩の間柄であれば、「森岡毅さんの新刊良かったよ」のひとことで買ってもらえたりする。本の名前さえ出さなくても、相手の「気になる」を刺激できれば、あとは勝手に自分で行動してくれるだろう。信頼関係がなくても、同僚が「あれだけは絶対読んでおいた方が良い!」みたいな熱量を示すだけで十分だったりする。

必要なのは親切でなく、目の前の相手に伝えたいという「本人の熱量」なのだ。

まだ、あのスプレッドシートは存在しているのだろうか。ストックとして価値づけしてくれているなら、誰かの手に本がわたっている可能性もあるだろう。どこかで、僕の労力が報われている可能性はある。

その、わずかな可能性は信じておきたい。