歯磨きの葛藤(ふつうエッセイ #497)

未就学児の歯磨きは、なかなか骨の折れる育児のひとつだ。

子どもの立場からすれば、いくら親とはいえ、意に反して口の中に異物を挿入される行為なわけで。そりゃ「いやだ、いやだ」と喚き泣きたくもなるだろう。

かといって、親の立場からすれば、歯磨き「だけ」は疎かにするわけにはいかない。一食くらい食事を抜いても死にはしないが、歯を汚いままにすれば虫歯リスクが発生する。虫歯は、一度できてしまえば回復することはない。口内環境を清潔に保つことは、子どもの生涯にわたる財産につながっていくわけで。そこを良い状態に保つのは、親の責務だと思ってしまうのだ。

かくいう僕も、自分の両親にとても丁寧に歯磨きの指導を受けていた。にも関わらず、油断してしまって小学校2年生のときに虫歯になっている。両親の落胆たるや。その過ちを繰り返してはならない。

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実際のところ、子どもの歯磨きをスムーズに遂行するには二つのアプローチしかない。

・歯磨きを楽しいものにする
・歯磨きの不快さを取り除くようにする

歯を磨きながら歌を歌うというのは、「楽しい」アプローチの常套手段だ。「は・み・が・き・じょうずかな〜」と歌い始めると、子どももノってくれることがある。「ぐりぐり」「しゃかしゃか」をちょっと面白おかしくアレンジして歌ってみると、子どもの機嫌が良くなったりする。

不快さを取り除くための方法とは、例えば「歯磨きした後に、テレビを観よう」というフローを作るようなこと。歯磨きは嫌だけど、終われば楽しいことが待っている。そんな流れを作ることで、「歯磨きは苦痛だけど、終われば楽しいことが待っている」状態になる。

まあ、いずれの方法も、子どもの気分や体調によって善し悪しが変わってくる。歯磨きが嫌なときは、何をされても、とことん嫌なものだ。こればかりは仕方がない。

親の葛藤は、もう毎日のようにある。

子どもの苦悩に歪んだ顔は、できれば見たくない。早く終わらせてあげたい。

でも、そんなときに限って、この歯間の汚れは虫歯じゃないか……と思ったりする。今日はオレンジジュース飲んじゃったよな……と気になったりする。ここで止めることは、妥協なんじゃないか……なんてスポ根が顔を出したりする。

そんな葛藤と対峙していると、むしろいつもより長い時間をかけて歯磨きしてしまうのだ。そんな現象を何と呼んだら良いだろう。子どもには、実に迷惑な話である。

そんなこんな、今日も明日も、歯磨きは責務として、親の前にやってくる。せめてそれまでは、とびっきり楽しい時間を作るようにしよう。そうだよ、それだって親の責務のひとつ。務めは、しっかり果たさなければ。