7月末で閉店した、町のパン屋のこと

勇気がなくて辞められなかった

「本当は昨年、店を閉じる予定だったんですよ」

インタビューの終盤、思い出したかのように福山さんは告白した。

「だけど、コロナが来たでしょう。売上が伸びたんです」

確かにBakery Branは、2020年春から夏にかけて、コロナ禍で営業を停止する店が多い中、感染拡大防止対策を徹底して営業を続けていた。

「中食っていうんですかね。居酒屋さんとかは営業ができなくて申し訳なかったんですが、うちはコロナで売上が伸びたんですよ。契約期間までもう1年あったので、それまでやらせてもらえないかと、建物のオーナーに頼んだんです」

綺麗事ではない。

コロナだから営業をするというロジックは、厳しい商売の前に、意味を持たない。

コロナだろうと何だろうと、売上が伸びれば営業を続ける。そして、売れなければ、営業は続けられない。

* * *

去り際、福山さんが笑いながら話した。

「転職は考えたことはあります。でも勇気がなかった。抱えているものがいっぱいあったから。やっぱり勇気がなかった。転職した方が良かったかもしれないですけど」

「明日も就職活動で、面接に行くんですよ。パンに関わる仕事はもう良いかなって……。良い職場があったら教えてください」

それが冗談なのか、本気なのかは分からない。

でも間違いなく、現在62歳の福山さんは、既に次の人生を見据えている。

「勇気がなくて辞められなかった」からこそ、35年間、町のパン屋「Bakery Bran」が存在していた。

そのことを、ちゃんと残しておきたい。記録にも、記憶にも。

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