気配の記憶(ふつうエッセイ #389)

僕の両親は共働きだった。

今じゃ珍しいのかもしれないが、僕は学校から帰るとひとりで留守番していた。鍵を渡されていて、無くさないように努めていた記憶がある。

母親は、保育園に預けていた次男・三男とともに18時半ごろに帰ってくる。つまり小学校から帰ってきたら、2〜3時間くらいはひとりで過ごさなければならなかった。(そういうこともあって、小学2年生のときにサッカー部に入ったのだけど、練習が面白くなくてほぼ毎日サボっていた)

がらーんとした家でひとり。やることは限られている。宿題したりテレビを観たり。紙飛行機にハマっていた時期もあって、ひたすら自室で紙飛行機を飛ばしていたこともある。そういった経験もあって、僕はひとり遊びが全く苦にならない。マイペースな性格も幸いし、むしろ親が帰ってくるまでが「自由時間」だと考えていた。

そんな状況を利用して、僕は禁じられていたテレビゲームを、親の目を盗んで楽しんでいた。帰ってくる気配を感じたら、すぐにテレビゲームを片付けて勉強しているフリをする。

テレビゲームの片付けには2分程度要する。だから家の鍵が開いてから片付けていては、親にバレてしまうわけだ。なのでゲームに興じつつも、外に目配りしなければならなかった。帰ってくる気配は、車のエンジン音によって感じることができた。エンジン音を感じたら、小窓から外の様子を眺める。車を視認したらすぐにゲームを片付けるというわけだ。

稀にガレージに駐車しないこともある。家の前に車を止め、そのまま家に入ってくるのだ。(買い物した食材を詰め込むときなどに)

というわけで、一番の理想は、車が、家の通りに入ってきたときに気配を感じることである。これはなかなか困難だ。わずかな気配を感じて小窓を覗くも、気のせいだったということも何度も経験した。時計と気配の、絶妙な塩梅。スマートフォンもない時代、限られた材料を頼りに、親の帰りを見定める。そんな気配の記憶が、僕の心の奥底に眠っているのだ。

*

……だからといって、今の僕が恩恵を受けていることはひとつもない。ちょっとした気配に敏感な事実もないし、そもそも気配に敏感であらねばならないという状況も存在しない。

でも、もしかしたら今後、逆の状況に接することがあるかもしれない。息子がゲームの楽しさを知ることが、どこかのタイミングで出てくるだろう。いちおうゲーム機は買ってしまうだろうが、彼が、最初から制御しながらゲームに興じることなんて「あり得ない」と僕は知っている。(彼の問題でなく、ゲームが人を夢中にさせる性質を有しているのだ)

ちょっと出掛けた隙に、おそらく息子はゲームに興じることだろう。

そして帰ってきた瞬間に、きっと彼は僕のように、ゲームしていた事実を隠そうとするだろう。で、たぶん僕はそれに気付いてしまう。ちょっとした気配の記憶が、今度は逆に「ゲームをやらせたくない」親の邪推に寄与してしまうのだ。

いやあ、どうだろうなあ。

そんな息子に、僕が注意する資格はあるのだろうか。でも、たぶん注意しないといけないのだろうなあ。そして注意することで、息子はより気配を消すべくアクションを高度化させていくのだろう。

気配の記憶は、そのように受け継がれていく。親から子へ。

いやあ、もっと承継すべきこと、あるような気がするのだけども。